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第44夜:今宵の一枚〔モーツァルト 〕(2)

序曲集

モーツァルト:序曲集
カールベーム(指)/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団他

1. 歌劇「フィガロの結婚」K.492-序曲
2. 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527-序曲
3. 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」K.588-序曲
4. 歌劇「魔笛」K.620-序曲
5. 歌劇「後宮からの逃走」K.384-序曲
6. 歌劇「劇場支配人」K.486-序曲
7. 歌劇「イドメネオ」K.366-序曲
8. 歌劇「皇帝ティートの慈悲」K.621-序曲

モーツァルトのオペラはカール・ベームが最も得意としたレパートリーであった。
これはそのエッセンスともいえる序曲集である。
モーツァルは生涯に21曲のオペラを書いている。
11歳の時、第1作の作品である〔アポロとヒアチントゥス〕K.38 から
35歳、〔皇帝ティートの慈悲〕K.621 である。

私はオペラの序曲が大好きである。
これから本編が始まるぞ!というあの高揚感がたまらない。
もしかして、本編以上に好きかもしれない。
中でも〔魔笛〕は最高である。
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.31 2008 未分類 comment0 trackback0

第43夜:〔アーニョロ・ブロンズィーノ〕

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Portrait of Maria de' Medici 〕 1551年 52.5×38cm Galleria degli Uffiz

アーニョロ・ブロンズィーノ(Agnolo Bronzino) 1503年 - 1572年
マニエリスム期のイタリアフィレンツェの画家。
本名はアーニョロ・ディ・コジモ・ディ・マリアーノ・トーリ。
メディチ家のトスカーナ公コジモ1世の宮廷画家として活躍する。
「愛のアレゴリー」に代表される画風は、極めて知的・技巧的で洗練された美しさに満ちている。
また、肖像画にも多数の優れた作品を残している。

アーニョロ・ディ・コジモはポントルモの弟子であり養子でもあった。
ブロンズィーノという呼び名は、彼の浅黒い肌に由来すると考えられている。
おそらくこの画家は最も売れたマニエリストであろう。
尊大なほど落ち着いて見える冷たく感情のない美人画で有名である。
.30 2008 未分類 comment0 trackback0

第42夜:今宵の一枚 〔音楽の捧げものBWV1079〕

459149.jpg

Barthold Kuijken (Flute), Robert Kohnen (Harpsichord),
Wieland Kuijken (Viola da Gamba), Sigiswald Kuijken (Violin)

プロイセンのフリードリヒ2世は、フラウト・トラヴェルソを愛好し、時折宮廷で
催される音楽会で自ら演奏を披露していた。
そんな大王に謁見するためバッハはベルリンを訪れている。
1747年に大王は自ら一つのテーマを弾いて三声のフーガを発展させるように
所望した。
バッハは見事にそれに応じ、大王は満足の意を表した。
その後、バッハは、大王の主題に基づく、件の3声フーガをはじめとして、6声のフーガ
カノン、トリオ・ソナタを作曲し〔音楽の捧げもの〕というタイトルを付け
大王に献呈した。

ディスクは94年録音のクイケン・アンサンブルの至高の名演盤。
.29 2008 未分類 comment0 trackback0

第41夜:今宵の一枚 〔シモーヌ・ディナースタイン〕

シモーヌ・ディナースタイン

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(全曲)
シモーヌ・ディナースタイン(Pf) 録音:2005年3月

シモーヌ・ディナースタインのTELARCデビューアルバムである。
刺激するような音は一切出さず、ゆったりと時間が流れている。
冒頭のアリアも長く、全体的にちょっとテンポがゆっくり過ぎかなと思われる。が
これは大変気に入っている。

10年以上もジュリアード音楽院で学ぶも、華々しいコンクール歴などを一切持たなかった彼女は
2005年まではブルックリンで、小学校教師をしている夫、小さな息子と共に静かに暮していました。
しかし、この『ゴルトベルク』の録音が彼女の分岐点となりました。
デビュー・リサイタルは2005年11月カーネギー・ホール。彼女自身のプロデュースによって行われ
ました。演奏曲目はもちろんゴルトベルク変奏曲全曲でした。
その演奏はニューヨーク・タイムズ紙上で「バッハを完全に現代のパフォーマンスとして再現
一つ一つの変奏曲はまるでシューベルトの“冬の旅”を思わせるかのようなイメージ豊かなもので
あった」と大絶賛されました。
彼女はゴルトベルクについてこう語ります。「この作品は極めて緊密に書かれ
全ての楽節が深く結びついているのですが、決してそれを聴き手に意識させることはありません。
各々のヴァリエーションは特徴的で、独特の感情とニュアンスを持っています。
現在の私たちはバッハが過ごした時代とは全く異なる世界に住んでいますが、これらの部分は
今でも力強く私たちに語りかけてきます。」
彼女が今回の録音の際に用いたピアノは1903年ハンブルク製のスタインウェイ。
北東イングランド、ハル市役所に所蔵されていたもので、第二次世界大戦時、広範囲に渡って
爆撃を受けつつも無傷で生き残り、戦争後も一連のコンサートで使用され人々に勇気を与えた
ピアノとして知られています。そして2002 年、世界貿易センターのウィンターガーデンの再開時にも
このピアノが演奏され、人々に新たな希望をもたらしたのです。(ユニバーサルIMS)
.28 2008 未分類 comment0 trackback0

第40夜:〔アストラッド・ジルベルト〕

アストラッド

〔The Astrud Gilberto Album 〕

アストラッド・ジルベルト(1940年3月29日 -  )は、ブラジル出身のボサノヴァ・ジャズ、ポピュラー音楽の歌手。

アストラッドは1959年にジョアン・ジルベルトと結婚、1963年にアメリカ合衆国に移住。
アルバム「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」・・・( 以前掲載した〔スタン・ゲッツ〕参照 )で
ジョアン・ジルベルト、スタン・ゲッツ、アントニオ・カルロス・ジョビンと共演した。
それまで彼女はプロの歌手として歌ったことはなかったが、彼女の歌声にプロデューサーの
クリード・テイラーが目をつけ、彼女が英語で歌う「イパネマの娘」がレコーディングされ
これがアメリカを中心に大ヒットした。
「イパネマの娘」の大成功により、彼女は一躍ジャズスターとなり、その後ソロ・デビューする。
彼女はブラジルのボサノヴァと、アメリカのジャズ・スタンダードの架け橋的な役割を果たした。

ディスクはアストラッド・ジルベルトのデビューアルバム。
当時24歳のアストラッドの瑞々しい歌声が全体に溢れている。
.27 2008 未分類 comment0 trackback0

〔イワン・イヴァノヴィッチ・シーシキン〕

イヴァン・シーシキン 『冬』 1890年 油彩、カンヴァス

〔 春 〕 1890年 油彩 /カンヴァス

イワン・イヴァノヴィッチ・シーシキン 1832-1898
ロシア写実絵画の巨匠。移動派を代表する画家である。
移動派は官立美術アカデミーの制約に抗議したロシア・リアリズム美術の画家集団で
1870年に「巡廻美術展協会(または移動展覧会協会)」を発足させた。「移動派」という通称は、この集団がロシア各地で主催した巡廻美術展にちなんでいる。

イリヤ・レーピンに、このシーシキン。ロシア絵画界にはとんでもない画家がいたものだ。
この細密描写には驚愕してしまう。もうこれは写真だ!
.24 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042〕

uccg70073bach.jpg

〔ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042〕

ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042
2台のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043
ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 ハ短調 BWV1060

ヒラリー・ハーン(vn)
マーガレット・バトヤー(vn)
アラン・フォーゲル(ob)
ジェフリー・カハーン(指揮)/ロサンジェルス室内管弦楽団
 
ヴァイオリン協奏曲は現在、このホ長調(BWV1042)とイ短調(BWV1041)
ニ短調(BWV1043)の計3曲が残されている。
また、実際はこの倍以上あっただろうといわれている。
この一連の協奏曲は1717年-1723年のケーテンに滞在していた間に作曲された。

第2番 BWV1042 は、聴き慣れたテンポよりだいぶ速いと思う。
彼女自身のライナーノートにもあるように、まさに「踊りたくなる」ようなバッハである。
.22 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔復活祭オラトリオ『来たれ、急げ、そして走れ』 BWV249〕

オラトリオを一枚・・・

Bach Magnificat  Cantatas 4, 11  50  Easter Oratorio
【復活祭オラトリオ『来たれ、急げ、そして走れ』 BWV249】

CD1
・マニフィカトBWV243
・昇天節オラトリオ『その御国にて神を誉めまつれ』 BWV11
・カンタータ第50番『いまぞ救いと力きたれり』BWV50
CD2
・カンタータ第4番『キリストは死の絆につき給えり』 BWV4
・復活祭オラトリオ『来たれ、急げ、そして走れ』 BWV249

アンドリュー・パロット
タヴァナー・コンソート&プレイヤーズ

この復活祭オラトリオは、バッハがトーマス・カントルに就任して2年めの
1725年の復活祭の礼拝で演奏された。
3本のトランペットとティンパニーを伴う華やかなシンフォニアが美しい。

小生は車で通勤している。
朝・夕の一時間は、誰に気兼ねすることもなく大音量で音楽を楽しんでいる。
.15 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔カンタータBWV.51 もろびとよ、歓呼して神を迎えよ〕

Nancy Argenta, Ensemble Sonnerie, Monica Hugget

【カンタータBWV.51 もろびとよ、歓呼して神を迎えよ】

CD1
・カンタータ第82番『われは満ち足れり』 BWV82
・カンタータ第199番『わが心は血の海に泳ぐ』 BWV199
・カンタータ第51番『もろびとよ、歓呼して神を迎えよ』 BWV51
CD2
・カンタータ第84番『われはわが命運に満ち足れり』 BWV84
・カンタータ第202番『消えよ、悲しみの影』 BWV202
・カンタータ第209番『悲しみを知らぬ者』 BWV209

ナンシー・アージェンタ(ソプラノ)
モニカ・ハジェット/アンサンブル・ソネリー

初演は1730年頃、バッハ自筆の総譜に「三位一体後第15主日及び
すべての機会のため」とある。
ソプラノ独唱用カンタータとして、名人芸的な高度の技巧と
広い音域を要求される高難度の作品である。

昨夜、「マニフィカト」を探していたらこのディスクが出てきた。
久々にナンシー・アージェンタの華やかで美しいソプラノが聴きたくなった。
.14 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔マニフィカト ニ長調 BWV243〕

マニフィカート、カンタータ第80番 ヘレヴェッヘ&コレギウム・ヴォカーレ

【マニフィカト ニ長調 BWV243】 

大天使ガブリエルに受胎告知を受けたマリアがザカリアの妻エリザベトを訪問し
喜びのうちに神をたたえた。
「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。」と歌ったとされる。
これに音楽をつけたのが「マニフィカト」である。

フィリップ・ヘレヴェッヘ(指)/シャペル・ロワイヤル,コレギウム・ヴォカーレ
バーバラ・シュリック(ソプラノ)
ジェラール・レーヌ(カウンターテナー)
ハワード・クルック(テノール)
ペーター・コーイ(バス)

今日は一日中このマニフィカトのメロディが、頭の中で鳴り響いていた。
教会暦とかけ離れているが今夜はこれを就寝曲にしようと思う。
.13 2008 未分類 comment0 trackback0

【早朝のアルノ川】

P1000385_convert_20081012181150.jpg
観光客もいない早朝のベッキオ橋からのワンショット。
よく見れば上空には一羽の鳥が飛んでいた。
愛しい小椅子の聖母子が待つピッティ宮殿へ向かう道すがらの美しい光景。
ラファエロが見たアルノ川もベッキオ橋もこの光景と変らないと思えるのが
フィレンツェの魅力だ。いつも変らぬ小生の故郷フィレンツェ。

.12 2008 未分類 comment0 trackback0

【速水御舟】(1)

gyoshu-enbu.jpg

【炎舞】
名樹散椿等に見られる御舟ならではの細密で優雅な画風とは
赴きを異とし炎と戯れる蛾を艶やかに描いている。
山種美術館でこの絵と出逢った時は、
御舟の中に眠る魂の激しさを見たような気がしたものである。

.12 2008 未分類 comment0 trackback0

【ジョヴァンニ・ダ・ボローニャ】

昨日は、またまたサプライズがあった。
物理学賞に続き、ボストン大学名誉教授・下村脩氏のノーベル化学賞受賞である。
日本人の底力を見たか!という感じである。
氏の若い人へのメッセージに
「何でも面白いことはどんどんやりなさい。
でも、難しいからといって止めてはだめ。最後までやり遂げて下さい」とあった。
まもなく人生の晩秋を迎えそうなオヤジにも励ましになる言葉だ。

ジャンボローニャ1

GIOVANNI DA BOLOGNA
【サビニの女の略奪】Rape of the Sabines 1581-83年

16世紀の「マニエリスム」美術のマニエリスムという名称は、イタリア語の
「マニエラ」、すなわち「様式」や「手法」を意味する言葉から来ている。
人体の比率を無視した長身化や誇張、冷たく鮮やかな色調といった特色がおもにあげられる。
16世紀後半にマニエリスムの彫刻家、ジョバンニ・ダ・ボローニャは
どの角度から見ても三人の人物が螺旋状に連なって見える
「サビエの女の略奪」という群像を制作した。

さて、小生は26日に行われる「美術検定」の3級合格を目指している。
参考書・問題集類を読んでいるが、これが案外難しい。
たかが3級などと侮ってはいけなかった。
真剣に取り組まなければ合格は覚束ないようだ。
しかし、以前記した「ベルニーニ」にしても、今回の「ジャンボローニャ」にしても
美術史を勉強していなかったら、知らずにいただろう。
.09 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007 〕

バッハ

【無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007 】 ピエール・フルニエ(Pierre Fournier)

ディスクは、ピエール・フルニエが円熟の極みにあった1972年東京の虎ノ門ホールでの
バッハ無伴奏チェロ組曲演奏会の来日公演のステレオ・ライヴ。

バッハの無伴奏チェロ組曲(全6曲)は数多のチェリストが名演奏を残している。
なかでも、このピエール・フルニエは気品のあるチェロだと思う。
演奏技術をひけらかしたり、思わせぶりな濃厚な表情をつけたりなどはしない。
チェロならではの低い音色が心地よい。格調高く優雅で洗練された名曲である。
.08 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 【ハイフェッツ】

ハイフェッツ

ヤッシャ・ハイフェッツ Jascha HEIFETZ

1)-4)サラサーテ『ツィゴイネルワイゼン op.29』 1951/06/16
5)-7)サン=サーンス『ハバネラ op.83』 1951/06/18
8)-10)サン=サーンス『序奏とロンド・カプリチオーソ op.28』 1951/06/19
11)ショーソン『詩曲op.25』 1952/12/02
12)-13)ベートーヴェン『ロマンス第1番op.40』『ロマンス第2番op.50』 1951/06/15
14)ブラームス『ハンガリー舞曲第7番』 1953/12/09
15)ワックスマン『カルメン幻想曲』 1946/11/08

さて、今宵は「ヤッシャ・ハイフェッツ」である。
「そのすべてがヴァイオリンという楽器を弾くために完璧な寸法を持っていた史上唯一の音楽家」
という記事を何処かで読んだと記憶している。
偉大な20世紀の完全主義者、このロシヤ系ユダヤ人を凌駕する奏者はいなかったと思う。
対抗出来るのは、あの伝説のパガニーニぐらいか!

私は小学2年生の秋、ハイフェッツに思い出がある。
クラシック好きの父親が、私の誕生日にLP(だったかな?)を聴かせてくれた。
それが、サン=サーンス『序奏とロンド・カプリチオーソ op.28』であった。
当時は、さほど感動はしなかったように記憶しているが
それ以来、誕生日が近くなると聴きたくなる曲である。
.06 2008 未分類 comment0 trackback0

今宵の一枚 〔カンタータBWV 140〕

140.jpg

【カンタータBWV140&BWV147】

ニコラウス・アーノンクール指揮/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
テルツ少年合唱団 1983&84年

この「今宵の一枚」シリーズは私が就寝前の小一時間、聴いている音楽等を
記している。JAZZのときもあれば、画集を開くときもあるしクラシックの場合もある。
その夜の気分次第といったところかな。

さて、今日は日曜なのでカンタータを就寝曲に選んだ。
ディスクはニコラウス・アーノンクール指揮/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの
「カンタータBWV.140&BWV.147」である。

140番は暦の関係上、復活祭が3月26日以前に繰り上がった年のみ営まれる。
バッハはこの稀有な礼拝日の為に傑作コラール・カンタータを生み出した。
レオン・ハルトと共同で録音されたカンタータ全集の中の一曲だが
これが名盤!と言いたくなるほど美しい。
勿論、もう1曲の147番も素晴らしい名品である。
.05 2008 未分類 comment0 trackback0
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