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第563夜〔モダン・ガール〕


Sheena Easton - Modern Girl Live

10代の頃バーブラ・ストライザンドに興味を持ち、スターとなるため、ロイヤル・スコティッシュ・アカデミー・オブ・ミュージック・アンド・ドラマ(w:Royal Scottish Academy of Music and Drama)で学ぶようになる。
その後イギリスのBBCが製作したドキュメンタリーでスター志望の女の子が歌手を目指す過程を追う番組「ザ・ビッグ・タイム」(w:The Big Time (TV series))のヒロインに選ばれたのをきっかけに1979年5月1日、EMIレコードと契約した。さらに翌月イーストンはロイヤル・スコティッシュ・アカデミー・オブ・ミュージック・アンド・ドラマを卒業し演劇学教師の資格を取得する。その後1980年に『モダン・ガール(Modern Girl)』でデビューした。

いつもご覧頂き有難うございます。
明日からブログの更新を一時休止します。再開は3月8日からの予定です。
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.25 2010 未分類 comment0 trackback0

第562夜〔クエスチョンズ67&68〕


〔Chicago / Questions 67 & 68〕
アルバム:シカゴの軌跡(The Chicago Transit Authority)に収録

シカゴの軌跡(The Chicago Transit Authority)は、シカゴ出身のロックバンド、シカゴ・トランジット・オーソリティによるエポニムのデビューアルバムである。
1967年のバンド結成時、彼らは最初「ビッグ・シング」と呼ばれていたが、68年にプロデューサーのジェイムズ・ウィリアム・ガルシオが彼らと契約したとき、シカゴ・トランジット・オーソリティという名を付けた。ブラスとジャズにソウルフルなロックン・ロールの雰囲気を融合しているのが彼らのトレードマークであり、ガルシオは直感で彼らの音は成功するだろうと感じ、彼はレーベルに試す機会を与えるように働きかけた。
後に彼らはシカゴとして知られることになる。1969年に録音され、発売された。
.24 2010 未分類 comment0 trackback0

第561夜〔過ぎし日の想い出〕


〔Mary MacGregor / Torn Between Two Lovers〕
メアリー・マッグレガー(Mary MacGregor)1948年~
米国ミネソタ州セントポール生まれの女性ポップシンガー。

ミネソタ大学在学中からフォーク,R&B,ロックと多様なバンドとともに全米を回る。
この時、PPMのピーター・ヤロウと出逢いが彼女の運命を変えた。初めピーターは,彼女を彼のバックコーラズに同行させるが、その2オクターブの声が気に入り彼女をプロデュースすることになった。
それがこの歌。1977年2月に全米No.1の大ヒットを記録した。勿論、ピーター・ヤロウの作品である。

There are times when a woman has to say what's on her mind
Even though she knows how much it's gonna hurt
Before I say another word let me tell you I love you
Let me hold you close and say these words as gently as I can
女は何を思っているか言わなくてはいけない時がある,
どんなに傷つくことか知っていても。
もうひとこと言う前に「あなたのことを愛しています」と言わせてください。
もっとあなたをそばに寄せて,この言葉をできるだけ優しく言わせてください。

There's been another man that I've needed and I've loved
But that doesn't mean I love you less
And he knows you can't possess me and he knows he never will
There's just this empty place inside of me that only he can fill
私が必要としている,私が愛したもうひとりの男性がいます。
でもそれだからあなたのことが好きでないと言うわけではないの。
彼は,私があなたのものになれないのは知っているし,
彼のものにもなれないだろうということもわかっている。
彼だけしか埋めることのできないぽっかり開いた穴が私の中にある。

Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' both of you is breakin' all the rules
Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' you both is breakin' all the rules
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。

You mustn't think you've failed me just because there's someone else
You were the first real love I ever had
And all the things I ever said, I swear they still are true
For no one else can have the part of me I gave to you
ほかに男がいるからあなたは私を見捨てたと考えないでください。
あなたは私が初めて本当に愛した人。
誓って言うけど私の言ったことはすべて本当のことなの。
私があなたに捧げたものは他の誰も得ることはできない。

Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' both of you is breakin' all the rules
Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' you both is breakin' all the rules
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。

I couldn't really blame you if you turned and walked away
But with everything I feel inside, I'm asking you to stay
あなたが背中を見せて去って行っても私はあなたを責められない。
でも私の中にあるすべてをこて「どうぞ行かないで」と頼んでいるのです

Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' both of you is breakin' all the rules
Torn between two lovers, feelin' like a fool
Lovin' you both is breakin' all the rules
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。
二人の恋人に引き裂かれバカみたいな気がする。
二人を愛することはルール違反ね。


訳:HideS・・・なつメロ英語
.23 2010 未分類 comment0 trackback0

第558夜〔チャップリンに愛をこめて〕


〔チャップリンに愛をこめて/チューインガム〕
作詩/松田りか 補作詩/松田やす子 作曲/松田りか 編曲/山室紘一
1974年 第8回ポピュラーソング・コンテスト グランプリ受賞曲

チューインガムは、1970年代に日本で活躍した大阪府豊中市出身の姉妹フォークデュオ。
代表曲はデビュー曲の「風と落葉と旅びと」及びラジオ関西のステーションジングルとして使用される「海の見える放送局」、第8回ポピュラーソング・コンテスト(ポプコン)グランプリ受賞曲「チャップリンに愛をこめて」など・・・。

世界中に愛を叫び 生きることに力を与え
夕日の道を 影を落として 消えていったうしろ姿に
人は誰も愛の涙 人は誰も愛の笑い
人は誰も愛の拍手を 心をこめてあなたに贈る
ミスターチャップリン 今もこの胸によみがえる
チャップリン 忘れられないあのほほえみ
オー!ミスターチャップリン
時はいつのまにかすぎても
チャップリン
愛は限りなく生きる

平和を祈る雲の晴れまに あしたの虹が未来にかかる
ひとり静かに 思い出すのはあの日の言葉
"Time is the Great Author”
やがていつか明るい朝を やがていつか楽しい夜を
やがていつか大きな夢を 心に秘めてあなたに歌う
ミスターチャップリン 今もこの胸によみがえる
チャップリン 忘れられないあのほほえみ
オー!ミスターチャップリン
時はいつのまにかすぎても
チャップリン
愛は限りなく生きる
.20 2010 未分類 comment0 trackback0

第557夜〔モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番〕


〔Mozart/ Violin Concerto No.3 in G major K.216〕
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216
ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn)1979年~ アメリカ合衆国のヴァイオリニスト。

3歳11か月のとき、地元ボルティモアの音楽教室でヴァイオリンを始める。クララ・ベルコヴィチによる5年間の指導を経て、1990年、10歳でフィラデルフィアのカーティス音楽学校に入学し、17歳までウジェーヌ・イザイ最後の門下生ヤッシャ・ブロツキーに師事。ブロツキーの没後は19歳までハイメ・ラレードに師事。
室内楽の勉強にも力を入れ、フェリックス・ガリミールとゲイリー・グラフマンに師事した。
1997年、デビューアルバム「バッハ:無伴奏ソナタ・パルティータ集」がディアパゾン・ドール賞を受賞した。

・・・ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216 ・・・
1775年の9月12日にザルツブルクで作曲された。5曲あるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の中で、いわば最初の成功作といえる。第1楽章の第1主題はモーツァルトが数か月前に書き上げた
オペラ「牧人の王」K.208の第3曲のアリアの前奏部分から転用されたという。
前作の第2番を作曲してから3か月しか経っていないのにもかかわらず、その間に技術的にも内容的にも飛躍的な進歩を見せており、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の特色が遺憾なく発揮され、充実した作品でもある。
第2楽章の情緒豊かな旋律とともにレオポルト・アウアーは「驚嘆すべきアダージョ」と称賛している。
.19 2010 未分類 comment0 trackback0

第556夜〔ステイ・ゴールド〕

〔Stay Gold/Stevie Wonder〕
フランシス・フォード・コッポラ監督/製作の映画「The Outsiders(アウトサイダー)」(1983年)の主題歌。

今までに、どんな人生を生きてきたんだろう。
ちょっと振り返ってみると、
元気で屈託のない笑顔の私達がいる。
そして気づくだろう。
今までのいつの瞬間も、場所も、私たちは輝いていることに。

輝いているときは、すべてが永遠に続いていくと思っている。
でも、天気が変わるように人生にもいろいろな事がある。
いつまでも輝いていたい。

でも、輝いていた時間を私は知っている。
そして、あなたも一緒に素敵な時間をすごしてきた。
その時間は消えてなくなっても、私たちの心の中で、
小さいけれど、でも、太陽のように輝いているのだ。

人生には、喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、
たくさんの事があふれている。
それらは瞬きのごとく一瞬にして過ぎていく。
気が付かないかもしれないけれど、
そうして生きていくうちに私たちは年を重ねていく。

輝きはそのままに。
.18 2010 未分類 comment0 trackback0

第555夜〔ニュルンベルクのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲〕


〔Richard Wagner/Die Meistersinger von Nürnberg — Vorspiel zum I. Aufzug〕
ニュルンベルクのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲
指揮:ジュゼッペ・シノーポリ(Giuseppe Sinopoli)
オーケストラ:シュターツカペレ・ドレスデン(Sächsische Staatskapelle Dresden)

ジュゼッペ・シノーポリ(Giuseppe Sinopoli)1946年~2001年4月20日 イタリアの指揮者・作曲家。
イタリアのヴェネツィアで生まれ、パドヴァ大学で精神医学を学ぶと同時にマルチェルロ音楽院で作曲を専攻する。
マーラー、リヒャルト・シュトラウス、プッチーニら、独伊の後期ロマン派の管弦楽曲及びオペラでの解釈には、特に定評があった。レコーディングも、ドイツ・グラモフォン、フィリップス、テルデックなど、クラシックの一流レーベルから数多くのCDを発売していた。
2001年4月20日、ベルリン・ドイツ・オペラでヴェルディの歌劇「アイーダ」を指揮中、第3幕の所で心筋梗塞で倒れ急逝。
.17 2010 未分類 comment0 trackback0

第554夜〔グッド・タイムス〕


〔Good Times/Chic〕

シック(Chic)は、1977年にデビューしたアメリカ合衆国のファンク、ディスコ・バンドである。
中心メンバーはギターのナイル・ロジャースとベースのバーナード・エドワーズ。
1970年代後半のディスコ・ブームを牽引したアーティストのひとつである。

代表曲に、Le Freak"(おしゃれフリーク)、Good Times"(グッド・タイムス)。共に全米No.1である。
ディスコブームの終焉と同時にバンドとしての活動は停滞していったが、ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズはプロデューサーとして活躍し、マドンナやデヴィッド・ボウイ、ダイアナ・ロスなどのアーティストをプロデュースし、曲をヒットさせた。

1996年日本武道館公演の翌日にバーナード・エドワーズが急死したため、現在はナイルが唯一のオリジナルメンバーである。
.16 2010 未分類 comment0 trackback0

第553夜〔イン・ザ・ネイヴィー〕


Village People - In the navy (version originale)

1977年にニューヨークで結成。70年代後半から80年代前半にかけて、ディスコソングを中心に世界的ヒット曲を次々生み出した。ポップス史上、ゲイ・イメージを表面に出して音楽活動を行った最初のグループといわれる。
なお、リードボーカルのヴィクター・ウィリス以外は全員ゲイであったといわれているが、真偽は定かではない。
.15 2010 未分類 comment0 trackback0

第552夜〔序奏とロンド・カプリチオーソ Op28〕


〔Introduction and Rond Capriccioso Op.28〕
Saint-Saëns 1835年~1921年
序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28/ヤッシャ・ハイフェッツ
Jascha Heifetzas 1901年~1987年

完璧・精巧無比・ 人間の限界を極めた20世紀最高にして最大のヴァイオリニスト。
表現に曖昧な部分など微塵も見せず、冴え切った技巧と楽曲構成の把握力は、他に類を見ないものであった。
1902年、ロシアに生まれ、ペテルブルク音楽院に学ぶ。10歳で正式にデビューし
翌年にはニキシュ指揮のベルリン・フィルと共演してセンセーションを巻き起こした。
1917年に渡米し、アメリカを拠点に世界各国で演奏して名声を高めた。

幼い頃からヴァイオリニストの父が練習の時に音を外すと泣き出したというエピソードや、ベルリンの演奏会にエフレム・ジンバリストと共に偶然居合わせたフリッツ・クライスラーが、まだ弱冠13歳のハイフェッツの演奏を聴き「私も君も、これ(ヴァイオリン)を叩き割ってしまった方がよさそうだ」、「私の究極の到達点をスタートラインにして、無限に記録を伸ばした天才」と評価したエピソードも残っている。ハイフェッツの時代にいたヴァイオリニスト達は、彼の神懸かり的な演奏のために非常に苦労して、例外なくハイフェッツ病に罹ったとイツァーク・パールマンは語っている。
.14 2010 未分類 comment0 trackback0

第550夜〔悲しき願い〕


〔Don't Let Me Be Misunderstood(悲しき願い)/Santa Esmeralda〕

1977年、米国カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたダンスポップ・プロジェクト。
フランス人プロデューサー[Nicolas Skorsky],[Jean-Manuel De Scarano]によるプロデューサー・プロジェクトで、男性ボーカル1人,女性ダンサー(2人または3人)がパフォーマーとして活動。82年に解散。
78年までプエルトリコ系米国人の[Leroy Gomez]がリードボーカルとして参加していた。
.12 2010 未分類 comment0 trackback0

第548夜〔ノクターン第2番〕


〔Chopin/ Noctune No.2 in E flat Major, Op.9-2〕
Samson François
夜想曲(ノクターン)変ホ長調 作品9-2 (第2番)
サンソン・フランソワ(Samson François)1924年~1970年 享年46
ショパンやドビュッシー、ラヴェルを得意としたフランスにおける代表的なピアニストである。

フランス人の両親の間に生まれる。5歳でピアノを始め、早くから天才といわれた。1934年、一家でニースに戻った時、アルフレッド・コルトーに見出されて1936年にエコールノルマル音楽院に入学、1938年にはパリ音楽院に入学後はマルグリット・ロン、イヴォンヌ・ルフェビュールに師事。その後1940年に音楽院を首席で卒業。
1943年には、19歳で第1回のロン=ティボー国際コンクールで優勝。その後1947年にアメリカデビューを飾り、その後も各地で演奏活動を行う。
デビュー直後は好きと決めた作品なら徹底的に勉強した。「ベートーヴェンは生理的に嫌で受け付けない。モーツァルトなら受け入れてやっても良い」などの発言も残っている。フランソワの特徴は、ムラ気なことであった。気分が乗らないときの演奏は、呂律が回らないほどであり、気分の良し悪しによる演奏の出来栄えの差が大きかった。また、性格的にも非常に古い芸術家タイプの人間であったので、現代社会において異彩を放つ人でもあった(事実、彼を19世紀のピアニストの生き残り、と評する人もいる)。
.11 2010 未分類 comment0 trackback0

第547夜〔虹と雪のバラード〕


〔虹と雪のバラード/トワ・エ・モア〕
作詞:河邨文一郎、作曲:村井邦彦

「虹と雪のバラード」1972年2月に開催された札幌オリンピックのテーマソングである。
札幌オリンピックが開幕する1年前の1971年リリースされ、23万枚の大ヒットを記録した。
レコードはトワ・エ・モワ、黛ジュン、菅原洋一、ピンキーとキラーズ、佐良直美、ジャッキー吉川とブルーコメッツやスクールメイツなどの競作で発売され、プレオリンピックの前夜祭で初めて披露された。
最終的には、売り上げ、人気で、トワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」と定着した。
.10 2010 未分類 comment0 trackback0

第546夜〔ケアレス〕


〔Careless/Stephen Bishop

ロサンゼルスのシンガー・ソングライターのデビュー作で,76年に発表され,この中から
「雨の日の恋」,「オン・アンド・オン」のヒット曲が生まれ,AORブームの一角を担っていく。
都会派の洒落た短編小説でも読んでいるような気分にさせてくれる。
.09 2010 未分類 comment0 trackback0

第544夜〔スターダスト〕


〔Stardust/ Willie Nelson〕

「スターダスト」は、ホーギー・カーマイケル (Hoagy Carmichael) 作曲のジャズのスタンダード・ナンバーで
1927年発表の曲。ジャズの歌詞なしの曲として、カーマイケル楽団によるゲネット・レコード (Gennett Reconrd) での録音が最初である。
1929年に、ミッチェル・パリッシュ (Mitchell Parish) の歌詞がつけられた。
.07 2010 未分類 comment0 trackback0

第543夜〔そよ風の贈りもの〕


〔You Give Good Love / Whitney Houston 〕

ホイットニーの累計セールス数は、アルバムは1億4000万枚以上、シングルは5000万枚以上で、アメリカ合衆国のRIAAより「アメリカ合衆国で(女性アーティスト史上)4番目に売れている歌手」と評価されている。また、音楽雑誌『ローリング・ストーン』によりその声を「強力で鋭いポップ・ゴスペル」といわれ、オール・タイムの素晴らしい歌手100人の内の一人であると評価された。
.06 2010 未分類 comment0 trackback0

第542夜〔セレブレーション〕


〔Celebration / Kool & The Gang〕

70年代に全盛したクール&ザ・ギャングもスライ・ストーンのようなファンクを土台とした、さらにはジェイムズ・ブラウン風のディープなソウルを加えたサウンドを繰り出した。
彼らの代表曲、「ファンキー・スタッフ」、映画『パルプフィクション』(クエンティン・タランティーノ監督)にも挿入された「ジャングル・ブギー」、メロウな「ノース,イースト,サウス,アンド,ウェスト」などは、どれも重厚なベース・ラインとワウワウ・ペダルがうなる、ビートの効いた作品である。
79 年、ポップ・ヴォーカリストのジェイムズ"J.T."テイラーを新メンバーとして迎え入れたのをきっかけに、より多くのリスナーを掌握することに成功。 80年代前半には「レディース・ナイト」、「トゥ・ホット」、「チェリッシュ」、「フレッシュ」、そして「セレブレーション」といったナンバーがチャートを嵐のように急襲し、記録的大ヒットの山を築き上げた。
.05 2010 未分類 comment0 trackback0

第541夜〔アップタウン・ガール〕

BILLY JOEL - UPTOWN GIRL

アップタウン・ガール (Uptown Girl) は、ビリー・ジョエルのシングル曲。
アルバム『イノセント・マン』からの第2弾シングルとして、1983年にリリースされた。
アメリカのビルボード誌では、1983年11月12日に、週間ランキング最高位の第3位を獲得。
ビルボード誌1983年年間ランキングは第18位。UK週間チャートでは第1位を獲得した。
.04 2010 未分類 comment0 trackback0

第540夜〔土曜の夜 は パラダイス〕


〔土曜の夜 は パラダイス/EPO〕
EPO(エポ)1960年~ 東京都出身のシンガーソングライター。
日本国内外にて様々な「場」でのコンサートを積極的に展開中。
「声」という楽器を通じ、現代音楽をはじめ、
様々なジャンルのミュージシャンとの、実験的な音楽交流も注目されている。

大学在学中の1980年、『DOWN TOWN』でデビュー。1980年代半ば「RCA三人娘」の一角として、竹内まりや、大貫妙子と並び称された。竹内の独身最後のアルバム「portrait」にもバックグラウンドボイスとして参加している。デビュー以来現在までオリジナル作品だけでなく、テレビコマーシャルや番組の主題歌なども提供し、多くのヒット曲がある。
.03 2010 未分類 comment0 trackback0

第539夜〔夏になったら〕


〔夏になったら/やまがた すみこ〕

1973年、自作曲を歌ったファーストシングル「風に吹かれていこう」で日本コロムビアよりデビュー。
73年12月に発売されたシングル「日立ミュージック・イン・ハイフォニックのテーマ/白い船白い鳥」は、ニッポン放送の番組のテーマ曲で、毎週やまがたすみこの歌声が流れていた。美しくのびやかな高音を生かし、かつ暖かい歌い口が持ち味で、ビブラートを抑えた素直な歌唱にはファンが多かった。
そう、あの透き通った歌声に私も魅了されたひとりである。
.02 2010 未分類 comment0 trackback0

第538夜〔愛の航海〕


〔Hues Corporation / Rock The Boat〕
ヒューズ・コーポレーション/ 「愛の航海」

1969年 米国ロサンゼルスで結成された女1人、男2人のR&Bグループ。
73年に「Freedom for the Stallion」でデビュー。セカンドシングル「Rock The Boat(愛の航海)」が
全米1位の大ヒットとなった。
70年代ディスコシーンを飾る名曲である。
.01 2010 未分類 comment0 trackback0
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