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第674夜〔TSUNAMI〕

〔TSUNAMI / サザンオールスターズ 〕(2000年)

サザンオールスターズ、代表曲は1970年代に『勝手にシンドバッド』、『いとしのエリー』、1980年代に『チャコの海岸物語』『ミス・ブランニュー・デイ』、1990年代には『涙のキッス』『エロティカ・セブン』『愛の言霊 ~Spiritual Message‎』、『あなただけを ~‎Summer Heartbreak~‎』の4作品がミリオンセラーを達成したほか、2000年代に入っても『TSUNAMI』『涙の海で抱かれたい ~‎SEA OF LOVE~‎』『I AM YOUR SINGER』がヒットするなど多数にわたる。1970年代から4つの年代全てで50万枚以上のヒット作を生み出し、うち3つの年代でオリコンチャート1位作品がある。
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.30 2010 未分類 comment0 trackback0

第671夜〔ラ・バンバ〕

〔Los Lobos / La Bamba〕

『ラ★バンバ』(La Bamba)は1987年に制作されたアメリカ映画である。
ルイス・バルデス監督、テイラー・ハックフォード制作。人気絶頂期を迎える直前に航空事故でこの世を去ったメキシコ系アメリカ人のR&B歌手リッチー・ヴァレンスの生涯を描く。

この映画の最大の話題は、音楽監督をカルロス・サンタナがマイルズ・グッドマンと共に務めたこと、そしてリッチー・ヴァレンスと同じチカーノの血をひくメキシコ系アメリカ人バンド、ロス・ロボスが音楽を担当したことである。そもそもリッチーが残したマスターテープが全て不完全な状態であったためテイラー・ハックフォードは演奏をすべてロス・ロボスに一任するつもりでいたという。ロス・ロボス自身も以前から「カモン,レッツ・ゴー」などリッチーのカバーを演奏しており、結果的にはこれ以上ないほどマッチングした音楽が生まれることになった。
映画でのリッチーの演奏シーンについては、ほぼロス・ロボスの演奏が使用されている。
.27 2010 未分類 comment0 trackback0

第669夜〔男が女を愛する時〕

〔Michael Bolton / When a Man Loves a Woman〕
「When a Man Love a Woman(男が女を愛する時)」1994年アメリカ映画

全米で深刻な社会問題となっているアルコール中毒の増加を背景に、妻のアルコール中毒という障害を乗り越えて、本物の愛を勝ち取ろうとする夫婦の姿を描いたラブ・ストーリー。
監督はルイス・マンドーキ。音楽は「ダメージ」のズビグニエフ・プレイスネルで、パーシー・スレッジの同名ヒット曲を主題歌に使用。
主演はメグ・ライアン。共演は本作がデビューの子役ティナ・マジョリーノ、ローレン・トム。

■マイケル・ボルトン(Michael Bolton) 1953年~、アダルト・コンテンポラリーのシンガー・ソングライター。
パーシー・スレッジのカバー曲「When a Man Love a Woman(男が女を愛する時)」は2度目のグラミー賞受賞となった。
.25 2010 未分類 comment0 trackback0

第668夜〔アルハンブラの思い出〕

〔Narciso Yepes/Recuerdos de la Alhambra〕
ギター独奏曲《アルハンブラの思い出(Recuerdos de la Alhambra)》は、スペインの作曲家・ギタリストのフランシスコ・タレガによる性格的小品。

■ナルシソ・イエペス(Narciso Yepes 1927年11月14日~1997年5月3日)スペインのギタリスト。
イエペスの信念である「芸術は神のほほえみである」の名のもとに10弦ギターで世界各地を演奏活動して回ったことにより、日本はもとより全世界で圧倒的な人気を誇り、なお且つ世界各地に及ぼした音楽的影響の高さはひときわ抜きん出ていた。

■フランシスコ・タレガ(Francisco Tárrega 1852年11月21日~1909年12月15日)は、スペインの作曲家・ギター奏者。1874年にマドリッド音楽院に進学。豪商アントニオ・カネサの援助のもとに、作曲をエミリオ・アリエータに師事。1870年代末までにギター教師として立ち(門人にミゲル・リョベートとエミリオ・プジョルがいる)、定期的な演奏会も行なった。ギターのヴィルトゥオーソとして鳴らし、「ギターのサラサーテ」の異名をとった。バルセロナに定住して1909年に逝去。
.24 2010 未分類 comment0 trackback0

第667夜〔悲しき雨音〕

〔The Cascades / Rhythm of the Falling Rain〕

63年の大ヒット曲「悲しき雨音」はオールディーズの定番ソングとしてあまりにも有名、その名を知らない人でもメロディーを聞けば思い出す。1962年にヴァリアント・レーベルから「悲しいわけは」でデビュー。その後も「悲しき北風」、「恋の雨音」などのヒットを放つ。数多のアーティストによってカヴァーされた名曲である。

.23 2010 未分類 comment0 trackback0

第666夜〔もう森へなんか行かない〕

〔Françoise Hardy / Ma jeunesse fout l'camp〕
1967年にリリースされた7thアルバム「Ma Jeunesse Fout Le Camp(もう森へなんか行かない)」収録。
フランソワーズ・アルディは1944年1月17日パリ生まれ。人形遊びと読書が好きな孤独な少女時代を過ごした彼女が音楽の世界に入ったきっかけは、16歳の時、大学入学資格試験の合格祝いにお母さんが買ってくれたギターでした。母親と姉と慎ましく暮らしていたパリのアパルトマンにはラジオがなく、当時の流行歌の影響を受けずに、彼女は自分自身の世界を歌に託すことを覚えます。
.22 2010 未分類 comment0 trackback0

第665夜〔アイドルを探せ〕

Sylvie Vartan - La Plus Belle Pour Aller Danser

・・・シルヴィ・ヴァルタン(Sylvie Vartan)1944年~ ・・・
1964年フランス映画『アイドルを探せ』(フランス語原題「Cherchez L'idole」)に出演、主題歌「アイドルを探せ」(フランス語原題「La plus belle pour aller danser」)を歌い、エレガントなハスキー・ヴォイスと美貌で一躍世界的スターとなる。
日本でも大ヒットした本作のフランス語原題は「踊りに行く一番の美人」という意味である。
.21 2010 未分類 comment0 trackback0

第664夜〔和田 三造 『南風』〕

和田三造 『南風』 明治40(1907)年 東京国立近代美術館
〔和田 三造 『南風』〕(1907年)東京国立近代美術館
和田 三造(わだ さんぞう)1883年3月3日~1967年8月22日
生野銀山鉱業所の勤務医や校医を勤めた和田文碩と秀の四男として兵庫県朝来郡生野町(現・朝来市)に生まれる。父文碩(ぶんせき)は医師で書画骨董に明るい人であったという。また、兄の正造は20歳で世を去ったが、東京美術学校西洋画科に学んでいる。和田が画家を目指したのもこうした周囲の環境が作用したと思われる。1896(明治 29)年、和田家は仕事の関係で福岡に移る。和田は修猷館中学に通うが、約1年で退学し上京。同郷の白滝幾之助の世話がきっかけで黒田清輝の門下となり湯浅一郎らの指導をうけ、1901(明治34)年には東京美術学校西洋画科に入学する。同級には青木繁がいた。美術学校卒業後の和田の活躍はめざましく、1905(明治38)年、白馬会展で「牧場の晩帰」が白馬賞、2年後の第1回文展で代表作とされる「南風」が最高の二等賞、続いて第2回展でも二等賞をうけ無鑑査となる。1909(明治42)年には文部省より美術留学生として渡欧し、油彩画と工芸図案を研究している。
1927年帝国美術院(現・日本芸術院)会員となり、同年、我が国における色彩の標準化の必要性に着目し日本標準色協会を創立する。ここでの和田の色彩研究の成果は『色名総鑑』(1931年)などに表れている。1932年東京美術学校図案科教授となる。1945年日本標準色協会を日本色彩研究所に改組し理事長に就任、1951年にはここで日本初の綜合標準色票『色の標準』を完成する。1953年大映映画『地獄門』で色彩デザイン、衣裳デザインを担当し、この作品で翌1954年の第26回アカデミー賞で衣裳デザイン賞を受賞する。尚、『地獄門』は、1954年の第7回カンヌ国際映画祭においてもその色彩の美しさを高く評価され、パルム・ドール(最高賞)を受賞している。晩年は油彩画の他、工芸や水墨画にも活躍し、1958年文化功労者に選ばれている。1967年8月22日死去。84歳
.20 2010 未分類 comment0 trackback0

第663夜〔愛のセレブレイション〕

〔Tonight I Celebrate My Love / Peabo Bryson & Roberta Flack〕

ビルボード誌:1983年/11月 最高位16位(年間ランク96位)を記録、全英では最高位2位の大ヒット曲。
80年代に、ピーボ・ブライソンとのデュエット「愛のセレブレイション」(83年)をヒットさせ、ポピュラー・ミュージック・アーティストとして確固たる地位を築き上げた。ロバータ・フラックがブラック・ミュージック界に残した功績は計り知れないほど大きい。
ロバータ・フラックのアルバム「Born to Love」に収録されている。
.20 2010 未分類 comment0 trackback0

第661夜〔アリソン・ルイーズ・バルサム〕

〔 Haydn Trumpet Concerto/Alison Balsom〕
Trumpet: Alison Balsom
BBC Symphony Orchestra
David Robertson conductor
第2楽章 3:38~ 第3楽章

アリソン・ルイーズ・バルサム http://www.alisonbalsom.com/
(Alison Louise Balsom)1978年~ はイギリスのトランペット奏者。
ギルドホール音楽演劇学校で学んだ後、2001年パリ国立高等音楽院を首席で卒業。
ヨーロッパを中心にソリスト、オーケストラとの共演で活躍している。

1998年BBC主催の「ヤング・ミュージシャン・コンペティション」のファイナリストとして注目を集め
2000年モーリス・アンドレ国際コンクール「最も美しいサウンド」部門でプルミエ・プリ受賞。
2006年にクラシック・ブリット賞(最優秀若手演奏者)、グラモフォン賞(クラシックFMリスナー賞)を受賞。
2009年にはクラシック・ブリット賞(女性アーティストオブザイヤー)を受賞し、BBCプロムス最終夜コンサートのソリストを務めている。
現在ロンドン・チェンバー・オーケストラの首席トランペット奏者である。
.19 2010 未分類 comment0 trackback0

第659夜〔マシュ・ケ・ナダ〕

〔Sergio Mendes & Brasil 66 / Mas que nada 〕

前回の「マシュ・ケ・ナダ」は、ヒップホップ「Black Eyed Peas」のウィル・アイ・アム(Will I Am)とのコラボ盤を取り上げたが、私自身どうもしっくりこないので、今宵はオリジナル・ヴァージョンを楽しみたい。
セルジオ・メンデスが女性ボーカル2人と結成したグループ「セルジオ・メンデス&ブラジル'66(Sergio Mendes & Brasil '66)」による1966年の大ヒット曲である。
.17 2010 未分類 comment0 trackback0

第658夜〔夏の日の恋〕

〔Percy Faith / Theme from A Summer Place〕

アメリカ映画『避暑地の出来事』1959年公開(本邦公開:昭和35年)の主題歌。
サンドラ・ディーと若きトロイ・ドナヒュー の演技が好評で大ヒット。トロイ・ドナヒューの人気を不動のものにした。この「夏の日の恋」”The Theme From "A Summer Place” は 9週連続全米ヒットチャート1位を記録。
グラミー賞受賞したパーシー・フェイスの代表曲である。

本日、当ブログにたくさんの拍手をいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたでしょうか?
これからも、より素敵な音楽をお届けしたいと思っております。
.16 2010 未分類 comment0 trackback0

第657夜〔オンブラ・マイ・フ〕

〔 Georg Friedrich Händel / Xerxes~Ombra mai fù〕
Renata Pokupic(レナータ・ポクピチ)・・・クロアチア出身のメゾ・ソプラノ歌手

『オンブラ・マイ・フ』(Ombra mai fù)は、ヘンデルの作曲したオペラ『セルセ』(Serse, Xerxes)第1幕第1場の中のアリア。ペルシャ王クセルクセス1世によって歌われる。
この曲は美しい小品として愛され、しばしば演奏される。元来カストラートのための曲だが、今日は主にソプラノによって歌われる。
.15 2010 未分類 comment0 trackback0

第656夜〔ジョニー・B.グッド〕

〔Chuck Berry / Johnny B. Goode〕

ロックンロールの先駆者、いわゆるロックンロール・ジャイアンツと言われて、 エルヴィス・プレスリーやバディ・ホリー、ビル・ヘイリー、リトル・リチャードなどと並んでまず出てくるのがこの”チャック・ベリー”だろう。 "ジョニー・B・グッド"や"ロール・オーヴァー・ベートーベン"など超有名曲に見られる独特のイントロ、テテテ、テケ、テケ、テケ、テケ…というフレーズはチャック・ベリーのトレードマークであり、ロックンロールと人が聞いて思い出す雰囲気を象徴するのがこうした音であることは言うまでもない。よく冗談として言われることだが、もしこのフレーズに著作権があったらベリーは天文学的な単位を必要とする億万長者になったに違いない、というのがある。それだけ頻度の高いロックンロールのイントロ・フレーズが正にこの音なのだ。

”チャック・ベリー”を敬愛していたジョン・レノンは、「ロックンロールに別の名前を与えるとすれば、それは『チャックベリー』だ」と発言している。
.14 2010 未分類 comment0 trackback0

第655夜〔セイリング〕

〔Rod Stewart / Sailing 〕

ロッド・スチュワート Roderick David "Rod" Stewart(10 January 1945~)
1971年にシングル「マギー・メイ」がアメリカとイギリスで同時にNo.1を記録する偉業を達成。
その後75年には、ワーナーに移籍し「セイリング」を収録した『アトランティック・クロッシング』を発表。
70年代には、「今夜きめよう」(8週連続の全米NO.1を記録)、「アイム・セクシー」(英米で NO.1を記録)を
はじめ「胸につのる想い」「もう話したくない」といった後世に残るヒットを発表した。
.13 2010 未分類 comment0 trackback0

第654夜〔ノーランズ〕

〔The Nolans 〕
1)I'm In the Mood for Dancing
2)Gotta Pull Myself Together
3)Sexy Music

ノーランズ (The Nolans) は、1970年代後半から1980年代前半にかけて人気を得た、イギリス(生まれはアイルランド)の姉妹グループである。もともとクラブ歌手だったトミー・ノーランとモリーン・ブレスリンの間に生まれた2男6女が両親とともに「ザ・シンギング・ノーランズ」としてデビューしたのが始まり。その後姉妹の一部が引退し、実娘等をメンバーとする形で活動を継続していたが、2005年に解散。
.12 2010 未分類 comment0 trackback0

第652夜〔クラリネット協奏曲 K.622〕

〔Mozart / Clarinet Concerto in A major, K.622~Movement 3 Rondo allegro〕
クラリネット協奏曲イ長調K.622~第3楽章
Clarinet Soloist: Sharon Kam

Sharon Kam(シャロン・カム)1971~ イスラエル生まれのクラリネット奏者。
初めリコーダー奏者として出発したが、12歳でクラリネットに転向した。母はイスラエル・フィルのヴィオラ奏者。
1992年にミュンヘン・コンクールに優勝し、その後、世界的な活躍を続けている美貌のクラリネット奏者である。しなやかな呼吸で歌い紡ぎながら、聴き手をそれぞれの世界へ誘いこんでゆく。表現の幅とニュアンス豊かな音色が魅力である。

"クラリネット協奏曲イ長調 K.622"は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによって、1791年に作曲された最後の協奏曲である。当時のクラリネット奏者アントン・シュタートラーの為に作曲され、この曲は"秋色"と形容されるように感情的な旋律を特色とする。なお、自筆譜は現在紛失している。
.10 2010 未分類 comment0 trackback0

第651夜〔イエスタデイ・ワンス・モア〕

〔Yesterday Once More / Carpenters〕

”イエスタデイ・ワンス・モア”(Yesterday Once More)は、カーペンターズが1973年に発表したシングル。
作詞:ジョン・ベティス(John Bettis)、作曲:リチャード・カーペンター(Richard Carpenter)
ジョン・ベティスは、リチャードと大学時代の親友で、カーペンターズのオリジナル曲大半の作詞をした。
代表作は「愛にさよならを」、「トップ・オブ・ザ・ワールド」、「イエスタデイ・ワンス・モア」、「オンリー・イエスタデイ」、「青春の輝き」・・・等。

この”イエスタデイ・ワンス・モア”がリリースされたのが昭和48年。私が高2の頃である。
当時、憧れていた先輩が好きな曲だというのを知り、一日中此の曲ばかり聴いていたことを思い出した。
素敵な頃であった。
.09 2010 未分類 comment0 trackback0

第650夜〔ジャンプ〕

〔Van Halen / Jump〕

1978年、衝撃のファースト・アルバム『炎の導火線』でデビュー。
ライト・ハンド奏法と誰もが度肝を抜かれた、ギターの革命児/エドワード・ヴァン・ヘイレンの早引きギター・プレイと“ダイアモンド・デイヴ”こと、デイヴィッド・リー・ロスのとびきり豪快で破天荒なパフォーマンスはロック・シーンに大革命をもたらした。
「ジャンプ」、「パナマ」、「ホット・フォー・ティーチャー」など数々の大ヒットを記録した。
.08 2010 未分類 comment0 trackback0

第649夜〔ハニー〕

〔Bobby Goldsboro / Honey〕

Bobby Goldsboro(ボビー・コールズボロ)( January 18,1941~ )
米国のカントリー系ポップシンガー,ギタリスト,作詞・作曲家,プロデューサー。
今宵聴く〔Honey〕はビルボード誌:1968年/4月に全米1位を記録し
英国でも、1968年/6月に最高位2位、大ヒットした。
.07 2010 未分類 comment0 trackback0

第648夜〔ビバ・アメリカ〕

〔Banzai / Viva America 〕

70年代後半にラジオからよく流れてきたのが
フランスのスタジオ・ミュージシャンのグループ「 バンザイ(Banzai) 」である。
1975年、『チャイニーズ・カンフー (Chinese Kung Fu)』でデビュー、日米でヒットした。
第2弾の『ビバ・アメリカ(Viva America)』は日本だけのヒットとなった。
.06 2010 未分類 comment0 trackback0

第647夜〔イースト・オブ・ザ・サン〕

〔East of the sun/ Kei Kobayashi〕

名実ともに、わが国を代表するトップ・ジャズ・ヴォーカリストである、小林 桂。
そんな彼の柔らかく、温かい歌声が楽しめる1作。
この〔East of the sun〕は、ミュージカル「スタッグス・アット・ベイ」の為に書かれた曲である。

”太陽の東、月の西、ふたりだけの夢の家を建てよう。
 真昼の太陽の近く、夜の月の近くで、ふたりは楽園のように暮らそう・・・”
というロマンティックなナンバーである。

East of the sun and west of the moon
We'll build a dream house of love dear
Close to the sun in the day
Near to the moon at night
We'll live in a lovely way dear
Sharing our love in the pale moonlight

Just you and I, forever and a day
Love will not die; we'll keep it that way
Up among the stars we'll find a harmony of life to a lovely tune
East of the sun and west of the moon dear
East of the sun and west of the moon
.04 2010 未分類 comment0 trackback0

第646夜〔愛は止まらない〕

〔Nothing's Gonna Stop Us Now/Starship 〕

〔マネキン〕1987年公開のアメリカ映画
自分の作ったマネキンに恋をする青年の姿を描くファンタジー映画。
製作はアート・レヴィンソン、エグゼクティヴ・プロデューサーはエドワード・ルゴフと監督のマイケル・ゴットリーブ、脚本もゴットリーブが手がけ、共同でエドワード・ルゴフが執筆している。撮影はティム・サーステッド、音楽はシルヴェスター・リヴェイ、編集はリチャード・ハルシーが担当。
出演はアンドリュー・マッカーシー、キム・キャトラルほか。

主題歌であるスターシップの〔愛は止まらない〕 (Nothing's Gonna Stop Us Now) は1987年4月4日と4月11日の2週連続でビルボード誌:第1位に輝いた。また、年間ランキングでは第11位を記録した。
.03 2010 未分類 comment0 trackback0

第645夜〔ミスター・ボージャングルズ〕

Nitty Gritty Dirt Band / Mr Bojangles 〕(1970)
ニッティ・グリッティ・ダート・バンドは、米国カリフォルニア州ロングビーチで65年に結成されたカントリー・フォーク・ロック・バンド。草創期にはジャクソン・ブラウンも参加していた。

この歌は作者ジェリー・ジェフ・ウォーカーというカントリー・シンガーの23歳の時(1965年)の実話を元にして作られています。
当時彼はニュー・オーリンズで下積み生活を送っていました。 ある夜、カフェで好みの女のコに声を掛けたたのに無視されたので、気を引こうとカフェのイスに乗り悪ふざけをしたため警察のお世話になってしまい一晩、留置所で過ごすことになったのです。そこで会ったのがこの歌の主人公のボージャングルス。
ただし本当に名前がボージャングルスであったかは不明です。が、彼はこの歌の歌詞の通りに犬を連れて芸をするボードビリアンだったのは本当です。

ジェリー・ジェフ・ウォーカーは留置所であったこの男をテーマにして歌を作り、彼のバンドとともに歌っていたのですが、ニューヨークで(彼はもともとニューヨーク出身)友人の歌手デビッド・ブロンバーグとともに、その友人ボブ・ファスという人がDJをしてるラジオ番組に出演、このミスター・ボージャングルズを披露。
ファスはこの歌が気に入り、自分の番組で何度となくかけ少しずつ反響が出てきたのでした。

そのうちレコード化の話が出てアトランティックからジェリーとデビッドのデュオでレコーディング、別の歌手も吹き込み共作となりますが、マイナーなヒットで終わりました。
これをニッティ・グリッティ・ダート・バンドが1970年に出した『アンクル・チャーリー』に収録、シングル盤として発売されビルボード第9位にまでランクされる、彼らの名前を知らしめるヒットとなったのです。
by なつメロ英語
.02 2010 未分類 comment0 trackback0

第644夜〔恋のダウンタウン〕

〔Petula Clark / Downtown 〕

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark) (November 20 1932~)英国出身女性シンガー・女優、作曲家。
50年代から60年代にかけて世界的な成功を収め、その後も多彩な活躍を続けている。
此の〔恋のダウンタウン〕は、ビルボード誌:1965年/1月に第1位を、またミリオン・セラーも獲得している。
さらに、歴史に名を残す記録がついていた。
それが、最初の全米第1位を記録した英国人女性歌手という栄誉であった。
.01 2010 未分類 comment0 trackback0
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