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第736夜〔元禄名槍譜 俵星玄蕃〕

〔元禄名槍譜 俵星玄蕃/三波春夫〕
三波 春夫 1923年~ 2001年4月14日
本名・北詰文司は、新潟県三島郡越路町(現・長岡市)出身の大衆歌謡の歌手。
元浪曲師であり、浪曲に題材を取った歌謡浪曲を得意とした。
特に「元禄名槍譜 俵星玄蕃」に代表される長編歌謡浪曲は、三波にしかできない芸当と評される事が多い。

今宵楽しむ俵星玄蕃は、赤穂浪士の俵星玄蕃と杉野十兵次のエピソードを歌にした曲。
おなじみの話を三波春夫が入魂で熱唱している名作である。

元禄名槍譜 俵星玄蕃 昭和39年
作詞:北村桃児 作曲:長津義司
<講談>
吉良家にほど近い本所横網町に宝蔵院流の
槍を取っては天下の名人と云われた俵星玄蕃が居た。
上杉の家老千坂兵部は二百五十石の高禄を以って
召抱えようと使者を立てた。
勿論吉良家の附人としてである。
だが夜なきそば屋当り屋十助こそ赤穂浪士の
世を忍ぶ苦心の姿と深く同情を寄せていた玄蕃は
之を決然と断った
玄蕃「のう蕎麦屋お前には用の無いことじゃが
    まさかの時に役に立つかも知れぬぞ見ておくがよい。」
十六俵の砂俵の前にすっくと立った俵星、思わず
雪の大地に正座して息をこらして見つめる杉野
あゝこれぞ元禄名槍譜

1 槍は錆びても 此の名は錆びぬ
  男玄蕃の 心意気
  赤穂浪士の かげとなり
  尽す誠は 槍一筋に
  香る誉れの 元禄桜

2 姿そばやに やつしてまでも
  忍ぶ杉野よ せつなかろ
  今宵名残りに 見ておけよ
  俵くずしの 極意の一手
  これが餞(はなむ)け 男の心
<浪曲>
  涙をためて振返える そば屋の姿を呼びとめて、
  せめて名前を聞かせろよと 口まで出たがそうじゃない
  云わぬが花よ人生は 逢うて別れる運命とか
  思い直して俵星 独りしみじみ呑みながら、
  時を過した真夜中に 心隅田の川風を
  流れてひびく勇ましさ 一打ち二打ち三流れ
  あれは確かに確かにあれは 山鹿流儀の陣太鼓
<講談>
  時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて
  響くは山鹿流儀の陣太鼓、しかも一打ち二打ち三流れ、
  思わずハッと立上り、耳を澄ませて太鼓を数え
  「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」
  助太刀するは此の時ぞ、もしやその中に
  昼間別れたあの蕎麦屋が居りわせぬか、
  名前はなんと今一度、逢うて別れが告げたいものと、
  けいこ襦袢に身を固め、段小倉の袴、
  股立ち高く取り上げて、白綾たたんで
  後ろ鉢巻眼のつる如く、なげしにかかるは先祖伝来、
  俵弾正鍛えたる九尺の手槍を右の手に、
  切戸を開けて一足表に踏み出せば、 天は幽暗地は凱々たる白雪を
  蹴立てて行手は松坂町・・・・・・

  吉良の屋敷に来て見れば 今、討ち入りは真最中
  総大将の内蔵之助 見つけて駆け寄る俵星が、
  天下無双のこの槍で お助太刀をば致そうぞ、
  云われた時に大石は深き御恩はこの通り 厚く御礼を申します。
  されども此処は此のままに槍を納めて 御引上げ下さるならば有難し
  かかる折しも一人の浪士が
  雪をけたててサク、サク サク、サク、サク、サク、
  「先生」「おうッ、蕎麦屋か」
  いや、いや、いや、いや 襟に書かれた名前こそ
  まことは杉野の十兵次殿 わしが教えたあの極意、
  命惜しむな名をこそ惜しめ 立派な働き祈りますぞよ
  さらばさらばと右左 赤穂浪士に邪魔する奴は、
  何人たりとも通さんぞ 橋のたもとで石突き突いて、
  槍の玄蕃は仁王立ち

3 打てや響けや 山鹿の太鼓
  月も夜空に 冴え渡る
  夢と聞きつつ 両国の
  橋のたもとで 雪ふみしめた
  槍に玄蕃の 涙が光る
.14 2010 未分類 comment0 trackback0

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