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第430夜〔酒井 抱一〕

花鳥3~8月
花鳥9~2月
〔花鳥十二ヶ月図/酒井 抱一筆〕プライスコレクション

酒井 抱一(さかい ほういつ) 宝暦11年7月1日 ~文政11年11月29日
江戸時代後期の絵師。本名は忠因(ただなお)、神田小川町の姫路藩別邸にて藩主世子酒井忠仰の次男に生まれ、17歳で元服して1,000石を与えられる。当時の大手門前の藩邸は、茶人として知られた兄忠以の庇護の下で文化サロンのようになっており、抱一も若い頃から俳諧や狂歌、浮世絵等に才能を発揮し、30歳の時句集「軽挙館句藻」を刊行する。兄の没後、37歳で西本願寺の法主文如に随って出家した後は尾形光琳に私淑する。光琳の事績の研究や顕彰に努め、彼の没後100年に当たる文化12年(1815年)6月2日に百回忌記念の光琳展覧会を催した(その時の縮小版展覧図録である『光琳百図』上下は、当時の琳派を考える上での基本資料である。また、この図録は後にヨーロッパに渡り、ジャポニズムに影響を与えた)。この展覧会を通じて出会った光琳の優品は、抱一を絵師として大きく成長させ、琳派の装飾的な画風を受け継ぎつつ、円山四条派や土佐派、南蘋派や伊藤若冲などの技法も積極的に取り入れた独自の洒脱で叙情的な作風を確立し、いわゆる江戸琳派の創始者となった。

東京国立博物館平成館で開催中の、皇室ゆかりの美術品を集めた特別展「皇室の名宝―日本美の華」では、伊藤若冲の華麗な「動植綵絵」全30幅、酒井抱一の「花鳥十二ヶ月図」全12幅 といった
素晴らしい傑作・名品が出品されている。
.12 2009 未分類 comment0 trackback0

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